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札幌高等裁判所 昭和35年(う)203号 判決 1960年8月24日

被告人 松山明

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人奈良興雄および被告人提出の各控訴趣意書記載のとおり(いずれも事実誤認)であるから、ここにこれを引用する。

そこで、原判決挙示の証拠を調査検討するに、足寄町選挙管理委員会長甲斐周蔵名義の「足寄町長選挙について」と題する書面、原審証人砂山民蔵の尋問調書、砂山民蔵の検察官に対する供述調書、巡査森勝義撮影にかかる写真五枚およびその説明書、押収にかかる「とかち新聞特報」一部(原審検一号)によれば、毎月三回発刊の「とかち新聞」の編輯人兼発行人である被告人が昭和三四年四月三〇日施行された足寄町長選挙に際し、立候補した川上貞通の選挙運動者西村啓一、太刀野和恵の両名に関し右選挙の当日、原判示白紙一二枚に「とかち新聞特報」として「悪質選挙違反あがる」との題名で、右両名が同選挙の対立候補者高橋安蔵の夫人の行状について虚説を流布したことによる選挙違反により、本別警察署員の取調べを受け自供した旨記載した末尾ないし別行に「なおその他の違反も取調べ中。」または「その他の違反も目下取調べ中。」と附記して、同日正午頃から午後二時頃までの間に情を知らない前記新聞社員砂山民蔵に命じ、原判示市街地等一二箇所にこれを掲示させたことが認められる。してみると、右特報附記の文言は、原判決説示のとおり、本文記載の事実と関連し、西村、太刀野に対する他の選挙違反についても取調中の趣旨として一応理解されるところであり、一方、原判決挙示の証人西村啓一、同太刀野和恵に対する各尋問調書その他の証拠によつても、右西村や太刀野には右附記のような違反事実もなく、また、その取調べを受けたことをも立証するに由ないのであるから、このかぎりにおいて、被告人は、前記特報を掲示することによつて、あたかも、西村、太刀野の両名が本文記載の事実のほかにも選挙違反の事実があつて、本別警察署員の取調べを受けているかの如き虚偽の事実を公然摘示して右両名の名誉を毀損したものと推断する原審の措置もまた一応妥当であるかのようである。しかしながら、本件記録中の巡査佐藤勇の本別警察署長警視高橋清春に対する「足寄町長選挙を繞る選挙妨害的容疑言動について」および「公職選挙法違反容疑の聞込みについて捜査報告」と題する各書面、巡査住谷昭八郎の前記署長に対する「とかち新聞記者に対する応答について」と題する書面、証人土田今吉、同新沼芳雄、同嶺和衛に対する原審各尋問調書に被告人の検察官に対する各供述調書を合せ考えると、被告人は、本件町長選挙投票日の当朝右町長立候補者である高橋安蔵の夫人が茅登地区附近の婦人会員を右選挙に関し糠平温泉に招待して饗応したかどにより逮捕された旨の風評に関し、それが西村、太刀野両名の所為によることを探知したので、一方において右夫人につきその真偽を確かめ、他方において警察につき西村、太刀野の言動に対する捜査の模様を聞き、右風評は、まつたく、西村等が虚説をことさら流布したことによることを確知するや、かかる悪質な選挙妨害行為に対して報道人として黙視することができず、しかも、投票当日という切迫した時期にあるので、通常の紙上では間に合わないため、取敢えず右風評の虚偽であることを報道して選挙の公正を期すべく、前記特報をにわかに作成してこれを掲示するに至つた経緯にあること、右風評は一方面の人からだけでなく、他方面の人からも耳にしたこと、前記特報附記の文言については、西村や太刀野以外の者が同様違反で取調中と理解した者も相当あることが認められるので、これによれば、右附記の文言が通常の場合前説示のとおり理解されるからといつて、それはどこでも解釈の問題であり、被告人がその検察官に対する昭和三四年七月九日附、同二九日付各供述調書において、右附記の文言中「その他」というのは、西村、太刀野以外の者が前記夫人に関する流言を右両名がなした箇所とは全く反対の箇所でなしていること、したがつて、その者等についても取調べられているものと推測して、これを附記したにすぎない旨、その他原審公判廷で、「その他」とは右両名以外の者にほかならなかつた旨各供述している部分は、必ずしも単なる弁疏として一概に排斥し難いものがあるばかりでなく、右特報掲示の経緯を勘案し、押収にかかる前掲特報の作成形式、その内容等をこまかに検討すると、右特報には、まず、冒頭一行に「悪質選挙違反あがる」と大書のうえ、その各文字右側に赤インキによる丸印が附され、別行本文として「四月三十日午前十時ころ足寄町長選川上派の運動員西村啓一、太刀野和恵の両名は高橋候補夫人に対する虚構の言説を流布したかどうかにより本別警察署員の取調べをうけ犯行を自供した。」と五行半余に、ついで「なおその他の違反も取調べ中。」と記載されていて、その主眼とするところは、どこまでも、西村、太刀野の右虚構の言説流布による違反の事実であり、附記の部分は、紙上往々にして用いられるように、右違反の事実に対する報道価値をより重からしめるためにした一種の装飾的辞句に等しいとも認められるのである。すなわち、本件掲示によつて、西村、太刀野両名の名誉が毀損せられる最大かつ重要な部分は、本文記載の事実にあるものというべく、これと関連してのみ漠然ながら意味をもつにすぎない附記の部分の如きは、たとい、それが右両名の名誉につき全然無関係のものとまではいえないにしても、その法的評価は、本文記載の事実と不可分的に包括される一個の名誉毀損とみるのがむしろ相当であると判断せざるを得ない。はたしてそうとすれば、本件記録全体を通じて、本文記載の事実は違法性なきものとして起訴されなかつたものと認めざるを得ない本件にあつては、前説示に照し、附記の部分もまたかかる程度ではその違法性が阻却されるものと解するのが至当である。以上のようにみてくると、被告人が本件特報を掲示したのは、結局、正当な行為としてなされたことに帰し、その表現にいささか妥当を欠く点があるとしても、公職選挙法二二五条二号にいう偽計等不正の方法であるものと認めることもできないのであつて、原判決挙示の証拠その他本件記録をよく調べてみても以上認定をくつがえすに足りる証拠がない。されば、原判決がその挙示の証拠によつて原判示名誉毀損ならびに公職選挙法違反の事実を認定したのは誤認といわざるを得ない。そしてそれは判決に影響をおよぼすことが明らかである。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 中村義正 南新一 小野慶二)

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